ヘッジホッグ、汗と涙のワーホリ物語No31
「日系企業イニシャル"N"」

ワーキングホリデーというのは、半年間のフルタイム(週5日間で40時間、アルバイトでなく)ワーカーとして働けれることが許可されている。

これまで、アルバイトとしてジレットのオフィスクリーナーとして働いてきた。週5日でたったの12時間である。前にも述べたように、決して生活は楽にはならなかった。もちろん、派手な生活をする気はないし、食べ物も自分で作って食べる。それで
も、ある程度の収入がないのでは学費も家賃も払うことはできない。そう、どうしてももうひとつ別の仕事で働くか、もっとお給料のいい仕事が僕には必要であった。しかし、仕事を得ることは易しいものではなかった。

そしてそれは6月のある日であった。いつものようにUK−Jへインターネットを使うために寄って、仕事を探しているとのことで相談をすると、よかったらという事でひとつ仕事の口をきいていただくことができた。それが、日系企業イニシャル"N"(今後は、N社と明記)であった。

N社は物流業界では有名で、今回、僕はイギリス国内国外の引越しを担当する引越し課の方に面接するアポイントを取ることができた。ただし、ひとつだけ僕には大きな問題があった。もし、ここで働けれるのであれば、学校には行けなくなってしまう。なぜなら、フルタイムで働くのが条件になっていたためである。どちらをとるか、この時の僕にとっては大きな選択であった。

もともと、語学修得が僕にとっての目標であり、そのため、今から2年前寝る暇も惜しんで銭稼ぎに明け暮れたのであった。そして、ボランティア留学、やっとつかんだワーキングホリデーの切符。この間、必死に勉強したし、日本人の群れる環境も避けてきた。それが、今、勉強する時間を捨てて日本人ばかりの会社で働こうとしている。まさに、矛盾である。しかしここで働くならば、少なくとも生活は楽になるであろう。

結果はどう転ぶか、やってみなければわからない。良く出るか、悪く出るか2つに1つだが、悪く出たとしても、そこから学ぶことができる。それに振り返ってみると、いつも僕の進む方向に突然何かがやってきて、その波に乗って進んできたのが今までの僕の道のりであった。そう考えると今回のケースも、そのN社という波に乗っかて行くのが僕にとって賢明であると思えてきた。

よし!このN社で御厄介になる決心ができた。早速、こちらのマネージャーから言われた履歴書を持ってN社へ面接に行った。幸い今住んでいる我が家とN社は自転車で10分もかからない距離であり、通うにも全く問題ではなかった。今までの面接とは違い、始めからある程度採用してもらえる雰囲気であることが目にみえるようにわかった。日本人マネージャーにいくつか質問され、最後にどれだけの英語力があるのか英人マネージャーに1つ質問された。「ここまでどうやってくるか?」実に簡単な質問であったが、その時僕は質問の内容を「どう上手くやっていくか?」と間違えてとってしまい、とんちんかんな答えをしてしまった。彼は、その勘違いの答えを正すかのように、繰り返し同じ質問をしてくれた。それで、僕は自分のミスを気付くことができた。日本人マネージャーは英人マネージャーに、僕の英語についてどう思うか聴くと、彼は、「ヒロは、最初は間違って解釈したようだが、2回目でわかることができた。彼は、きちんと僕の意味を理解しているから問題ないだろう。」と、ゴーサインを出してくれた。こうして、N社で引越し課で働くことになった。

時給は約1400円。仕事は朝7時から、内容は梱包、集荷、配達とダンボール、家具等の回収がメインで、時に駐在員(日本人のお客さん)と英人作業員の間に入っての簡単な通訳も必要だが、この点は日本人レップ(お客さんとの間に入る人)がいるのでそんなに頻繁ではなかった。

さて、道のりはいつも順調というわけにはいかない。この仕事が決まったおかげで、別の災いが僕の前に現われたのであった。

  
つづく



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