ヘッジホッグ、汗と涙のワーホリ物語 No. 22
「Forever Monica(モニカ)」

教室の年代を感じる扉が開いた。校長のボイドがその扉の向こうに立っている。何かとても思いつめているように、教室の中に入るのをためらっていた。僕らは、いつもと様子が違うボイドと目が合った。彼は両こぶしをグッと握り、教室内に入って来た。

「今朝、モニカが、24という若さでこの世を去った。」

僕らの時間が一瞬止まった、いや、正確に言えば、何も反応も言葉も見つけることが出来なかったのだ。僕の身体の力が急にぬけた。無意識のうちに椅子に頭を伏せるようにしゃがみ込んでいた。周りのみんなも同じように次々と近くの椅子や机に座り込んだ。そして、頭を下げはじめた。まだ、誰一人としてボイドの言葉の後に言葉を発したものはいない。

ボイドは再び口を開くが、焦点が僕らに合っていない。空を見上げるかのごとく頭を傾け、教室内の高窓の色鮮やかなステンドグラスの光がボイドの眼鏡でさらに反射して教室の壁にきれいに映しだされた。

「モニカは手術に耐え切れなかったんだ。とても残念な出来事だ。」

僕の頭の中にいろいろとモニカとの思い出が急に浮かんできた。この学校に初めてきた昨年の9月。友達の全くいなかった僕に、初めに歩み寄ってきたのが彼女だった。
彼女は僕の顔を見るなり、
「そんな悲しい顔しないで。」
とニコリと微笑んだ。それが、モニカとの最初の出会いだった。日曜日の教会のサービスでは、子供のお守りをしていた。授業中の休憩時間に飲むコーヒー、ティーの用意や、週末は学校の掃除と庭の手入れまでしていた。よく、それで何処にも遊びに行けられないとぼやいていた。特に、一度でいいからセントラルロンドンに遊びに行きたいと言っていた。その時は、バスで行けられる距離なのに、なぜ行けないか見当も付かなかった。しかし、それはいくら貧しく暮らしているといえども、経済的に恵まれた国からきた者には予想もできない理由があった。

東欧諸国から来ている生徒は、お金持ちを除いてボランティアとしてやってきて、そこで住むところと食べるもの、あとわずかながらのお給料をもらってイギリスで英語の勉強に励むのである。ある程度の期間貯めて、語学学校のために使う。まさに、ハングリー精神だからこそ成せる技である気がする。モニカもその一人であった。ここに来る前は、イギリス南部のアガサ クリスティーが生まれ育ったエクセターで仕事をしていたと言っていた。さらにモニカの場合は運が悪いとしか言いようが無い。お母さんも丁度同じ時期に入院していて、祖国からの仕送りも全く無かったという。
そして、マクドナルドで毎日働いて、なんとか学校生活の資金を賄っていたのだが、身体は賄いきれなかったのであろう。

同じ女子寮で住んでいる韓国人の女の子からあとから聞いた話だが、モニカが倒れる数日前から学校のキッチンの冷蔵庫から食べ物が盗まれるという事件があったという。一人の女子生徒が、真っ暗なキッチンに密かに隠れてそのこそ泥を捕まえようと計画して、2、3日女子寮の生徒達が分担して見張っていた。ある夜、その泥棒がついに現れた。そして早速、その泥棒は冷蔵庫を開けて食べ物をあさり出した。隠れていた女子生徒は、キッチンの電気を付けて犯人を取り押さえようとすると、なんと。その犯人は、モニカであった。それに驚いたモニカは、すっと顔色が真っ白に冷めてその場に倒れてしまったという。そのまま病院に運ばれたが、未知の世界に旅立っていってしまった。

ルームメイトのヨンジンはその話を聞いて、
「モニカが悪いんじゃないよ。置かれていたあの子の環境が悪かったんだよ。」
とクリスチャンならではのコメントをしていたが、それには僕も同感ができた。良いことはまれにしか起こらないが、悪いことは立て続けるに起こる。まさにその通りのことが、彼女に起こったのだ。

この日の遠足は、ほとんど楽しむことなく終わってしまった。ほとんど参加しただけといったところであろう。

その夜、なかなか寝付けられなくて、窓から入ってくる月の明かりに導かれるようにベッドから出た僕は窓に一人佇んだ。雲一つ無い夜の空。とにかく月の光だけが輝いている。いつもなら奇麗だと思えるのだが、今日に限ってはむしろ侘しさがこみ上げてきた。ただただ、"なんで"という疑問に一人苦しみ、胸が痛み出した。両方の目は開けていられないほど、涙が溢れ出した。こんなに寂しさを感じたことは今までなかった。呼吸も苦しくなってきている。こんなに泣いたことはいつ以来だろう。僕は好きな子の死に遭遇するためにここに舞い戻ってきたのであろうか。いろいろな感情が複雑に交差しあい、4月最後の長い夜はこうして流れていった。

つづく

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