ヘッジホッグ、汗と涙のワーホリ物語 No. 17
職と食と大ショック

ある夕方、突然ジンハーンが僕らの部屋に入って来た。「ヒロ、ビッグニュースだぞ!」
「なんだい、ジンハーン。」僕は学校から帰ってきたばかりで夕食のメニューを何にしようか、と考えていたところだった。
「モニカがクラスに戻ってきたぞ!」ジンハーンは口を大きく開けて白い歯を見せてにっこりと笑った。「ホントに?!」僕は嬉しさのあまりジンハーンに飛びついて二人して大声で喜び叫んだ。
「早速、ヒロ、乾杯だ。」酒好きのジンハーンはちゃんと片手に缶ビールのステラを4本持参してきていた。彼はいろいろと口実をつけてはよく酒を買ってくる男である。「おれのウチに来い。韓国料理で祝杯だ。」
この日、彼は韓国料理のチャジャン麺を作ってくれた。チャジャン麺というのは、麺にイカ墨のような真っ黒なソースを絡めて作ったものである。これは韓国料理の中でも全く辛くない食べ物である。ところが、韓国のお酒も出してくれたのだがその強いこと。一口でこれはやばいと思った。

日本酒は飲める方なのでこれはもっと強いお酒だと思う。とは言えど、飲みだすと止まらないのがお酒という飲み物である。この日も他の韓国人の男友達、女友達も含めて嫌なことをスカッと忘れられる程飲み酔いつぶれた。本当は、仕事も見付からないのに酔っている場合ではないのだが。

仕事が見付かる間は食事をケチっていかないとやっていけない、と昨年得た体験から食事の節約を来た当初から僕は続けていた。一日2食、毎朝は食パンにバターを付けたものを4枚、お昼抜きの夜はインドのインスタントラーメンとパスタで一日おきのローテーションという経済的な食生活をしていた。食パンはテスコ(こちらのスーパー)で19ペンス(約¥35)、インドのラーメンは5つで£1(約¥180)、パスタもテスコで21ペンス(約¥43)。なんにせよ、一日¥100もかからないという食生活。さらに、今日なに作ろうかな、という心配が全く要らない。
こんな節約なら1年余裕でいられるや、と高をくくっていたが。

こういう食生活をして3週目のある日、洗面台にある蛇口をむしゃむしゃとまるでリンゴを齧るかのように食べる夢を見た。あまりに美味しそうに食べていたのでほんとに食べたのではないか、と思い洗面所まで夜中の3時ではあったが確認しに行くことにした。(味ですら未だに口の中に残っている。あのくちゃくちゃと口の中にゼリーのように広がる感覚。まちがいなく僕は蛇口を食べたんだ?!)廊下のあかりを付けて洗面所の扉を開けた。「んっ?!」洗面所の扉から入る廊下のあかりの洩れだけで蛇口に噛んだ後があるかどうか確認できた。「よかった、あれは単なる悪夢だったんだ。」しかし、この悪夢はこの日だけではなかった。なんと、その明くる日も同じ悪夢を見てしまった。そして何が一番ばかばかしいかというと、昨夜と同じ行動を取って洗面所まで確認しに行ってしまったことだった。僕は確認しに行った後、何やってんだろう?、と自分に腹が立った。
ところがその明くる日、今度は新聞紙を天ぷらにして美味しそうに食べる夢を見た。そしてその明くる日も。僕はさすがにこれは精神的にやられていると思った。食生活をケチるばかり、夢にまで食べ物が出てきてしまったのだろう。明日の食事は、おもいっきり贅沢しよう。テスコで豚肉、野菜、果物にプディングまで買いお腹がいっぱいになるまで食べることにした。日本をたって初めてであった、こんなに満腹感を感じられたのは。
その後、悪夢を再び見ることはなかった。もちろん贅沢はそんなに毎日することはできないが、それなりに栄養バランスを気を付けるように心がけるようにした。
"働かざるもの食うべからず"とはいうが、働いている、働いていないに関わらず食べることはきちんと食べないといけない、というのがこの日以来の僕のモットーになった。

さて、飲んだくれたある日、さすが酷い二日酔いだったが、午後からの授業にはなんとか回復して普段通り授業を受けることができた。その休憩時間、校長のボイドが生徒みんなに集まるように声を掛けている。みんな、なんだろう?、という思いで彼の周りに集まると、ボイドは一度うつむいて深呼吸をひとつして、深刻そうな表情を見せて言葉を発しはじめた。
「......みんなといっしょに勉強してきたポーランドからきているモニカが今......、危篤状態にある。」

つづく





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